「酒を飲んで本当に良かったこと」はあるか? 答えが『NO』なら、断酒は成功する
最近、ふと自分自身にこんな問いを投げかけてみた。 「これまでの人生で、酒を飲んで『本当に良かった』と思える出来事はあったか?」
これに対する私の答えは、一瞬の迷いもなく「NO」だった。
もし、あなたもこの問いに対して少しでも「NO」と感じたのなら、あるいは答えに窮するなら、あなたはきっと酒をやめることができる。なぜなら、これほどの犠牲を払ってまでメリットのない行為を続けるほど、人間は愚かではないはずだからだ。
その場の「楽しさ」は、ただの「前借り」に過ぎない
もちろん、飲んでいる最中が楽しくなかったとは言わない。アルコールが脳を麻痺させ、一時的な高揚感を与えてくれることは事実だ。
しかし、それは「本当に良かったこと」だろうか? 翌日、冷静になって振り返ってみてほしい。あのどんちゃん騒ぎをして、何か一つでも自分の身になっただろうか? 生産的な会話ができただろうか? 人生を好転させるようなアイデアは生まれただろうか?
答えは否だ。あの楽しさは、翌日の元気や時間を犠牲にして、ただ「快楽を前借り」していたに過ぎない。
沈黙の臓器たちへの「虐待」に近い裏切り
私が「NO」と断言する最大の理由は、得られるものがゼロであるにも関わらず、支払っている「肉体的な代償」があまりにも大きすぎるからだ。
私たちは酒を飲んでいる時、自分の体の中で何が起きているかあえて想像しないようにしている。だが、事実は残酷だ。
1. 肝臓:文句ひとつ言わずに傷つく「沈黙の工場」
アルコールという「毒物」が入ってきた瞬間、肝臓は他の全ての代謝作業を放り出して解毒に追われる。私たちが酔っ払って寝ている間も、肝臓は休むことなく働き続け、その過程で細胞は破壊され、脂肪が溜まっていく。 「沈黙の臓器」と呼ばれる肝臓が悲鳴を上げた時、それはもう手遅れに近い状態だ。何の得にもならない酔いのために、このけなげな臓器を痛めつけ続ける権利が私にあるだろうか?
2. 脳:物理的に「縮んで」いく恐怖
「酒で嫌なことを忘れる」と言うが、それは脳が麻痺しているだけではない。長期間の飲酒は、脳そのものを物理的に萎縮させる。 前頭葉が縮めば、理性が効かなくなり、意欲も低下する。あの泥酔時の記憶の欠落は、脳細胞がダメージを受けている証拠だ。一時的な快楽と引き換えに、自分の知性や人格を司る司令塔を溶かしているようなものだ。
3. 膵臓と消化管:自らを溶かす激痛のリスク
アルコールは喉を通る瞬間から食道や胃の粘膜を荒らす。そして恐ろしいのが膵臓だ。アルコールの刺激で膵液が過剰に分泌され、自分の臓器を消化し始めてしまう(急性膵炎)。その激痛は「人生最大の痛み」とも言われる。
これらは脅しではない。生理学的な事実だ。 「本当に良かったこと」など一つもない行為のために、自分の内臓をこれほどまでに痛めつける。これを「自傷行為」と呼ばずして何と呼ぶだろうか。
翌日に残るのは「後悔」と「不調」だけ
臓器が悲鳴を上げている中、翌朝私たちは二日酔いというペナルティを受ける。 頭痛、吐き気、強烈な倦怠感。自己嫌悪。 体は必死に訴えている。「もう毒を入れないでくれ」と。
それなのに、手元に残る成果は何もない。ただのマイナスだ。
結論:答えが「NO」なら、未来は明るい
もう一度問う。 「自分の脳を縮ませ、肝臓を傷つけ、膵臓を危険に晒してまで、酒を飲んで『本当に良かった』出来事はありますか?」
この問いにはっきりと「NO」と言えるなら、あなたの中で酒の価値は地に落ちている。 メリットがないと分かっていることを、わざわざ命を削って続ける必要はない。
その「NO」という答えこそが、あなたが酒をやめられる最強の根拠だ。 今日から、その無意味で残酷な習慣を手放そう。そして、翌朝「シラフで目覚めて本当に良かった」と思える、本当の喜びを手に入れよう。
